大阪地方裁判所 平成7年(ワ)4272号 判決 1996年6月28日
原告
B Y
右法定代理人親権者
B M
右訴訟代理人弁護士
雪田樹理
同
越尾邦仁
同
真継寛子
被告
国
右代表者法務大臣
長尾立子
右指定代理人
恒川由理子
外六名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
1 原告が日本国籍を有することを確認する。
2 被告は、原告に対し、金五〇万円を支払え。
第二 事案の概要
本件は、日本国民である甲山春男(以下「甲山」という。)によって、出生後認知された原告が、日本国籍を取得しているとして、被告に対し日本国籍を有することの確認を求めるとともに、被告が原告に日本国籍を認めないことから、原告が日本国民として当然受けられるべき保護や権利の享受ができなかったとして、被告に対し不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)を求めた事案である。
一 前提事実
1 法令関係
(一) 国籍法の沿革
昭和二五年の法改正前の国籍法(明治三二年法律第六六号。以下「旧法」という。)では、「子は、出生の時その父が日本人であるときはこれを日本人とする」とされ(一条前段)、父系血統主義が採用されており、また、「未成年者の子が日本人である父又は母によって認知されたときには日本国籍を取得する」との規定(五条三号、六条一号)が置かれていて、認知による国籍取得が認められていた。
新憲法の制定に伴って昭和二五年に制定された新国籍法(昭和二五年法律第一四七号。以下「新法」という。)は、旧法の父系血統主義は踏襲したが、右の認知による国籍取得の規定は全面的に削除した。
新法は、昭和五九年に大改正された(昭和五九年法律第四五号による改正。以下、この改正後の新法を「現行法」という。)。これによると、「子は出生の時に父又は母が日本国民であるときは日本国民とする」として(二条一号)、従来の父系血統主義を改めて、新たに父母両系血統主義が採用され、同時に準正による国籍取得の規定(三条)が新設された。同条によると、「父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した二〇歳未満の子は、認知をした父又は母が日本国民であるときは、法務大臣に届け出ることによって日本国籍を取得することができる」ものとされている。
(二) 現行法の解釈
前記のとおり、現行法二条一号は、子が日本国民となる場合として、「出生の時に父又は母が日本国民であるとき」と規定しているが、ここにいう「父又は母」とは法律上の「父又は母」をいうものと解される。
そして、嫡出子の場合には、父又は母の一方が日本国民であれば、法例一七条により夫婦の一方の本国法である日本法が準拠法となるから、嫡出の推定の規定(民法七七二条)によって、出生により法律上の父子関係又は母子関係が成立し、これにより子は日本国籍を取得する。
一方、非嫡出子の場合には、父又は母との間の各親子関係については、それぞれ父又は母の本国法によって定められることになる(法例一八条一項)。したがって、まず、外国人父と日本人母との間の子については、母の本国法である日本法によると、原則として出生により当然に(認知を要することなく)母子関係が生ずると解されているから、子は出生により日本国籍を取得することになる。これに対し、本件のように、日本人父と外国人母との間の子については、父の本国法である日本法によると、法律上の父子関係が成立するためには認知が必要とされているから、出生のみによって日本国籍を取得する余地はない。
2 争いのない事実
(一) 原告は、平成四年六月二一日、日本国民である甲山とフィリピン国籍を有するBM(以下「M」という。)の子として出生した(甲一)。なお、原告は、出生によりフィリピン国籍を取得している。
(二) 甲山は、平成七年四月一二日、原告を認知する届出をなした。
(三) 甲山は、平成六年一一月一一日、同じく「M」との子である、原告の妹甲山夏子を胎児認知し、甲山夏子は同月一二日出生した(甲一)。なお、甲山夏子は、日本国籍を取得している。
(四) 被告は原告の日本国籍の取得を争っている。
二 原告の主張
1 民法上認知の効果は出生の時にさかのぼってその効力を生じるのであるから(民法七八四条本文)、国籍法上も同様に解すべきである。そうすると、原告は、出生の時に父が日本国民であるから、日本国籍を取得している。
2 認知の効果が国籍法上さかのぼらないと解釈すると、父の認知があっても出生の時に父が日本国民ではないことになり、現行法二条一号の規定の適用はなく、したがって、子は日本国籍を取得し得ない結果となる。このような結果をもたらす解釈は、以下のとおり、憲法一四条、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)二四条、児童の権利に関する条約二条及び七条に違反する。
(一) 子にとって、出生の時に父母が婚姻しているか否かは全く偶然のことにすぎず、個人の意思や努力によっていかんともしがたい性質のものである。このような嫡出子であるか非嫡出子であるかによる差別は、憲法一四条一項にいう「社会的身分」による差別にあたり許されないばかりか、出生による子の差別を禁止したB規約二四条一項、三項、児童の権利に関する条約二条一項、七条に反する。
(二) また、胎内にある子は、日本国民である父から認知されることにより、出生の時には父との間に法律上の父子関係にあるから日本国籍を取得することになる。そうすると、出生後認知に遡求効を認めない解釈を採ると、非嫡出子間でも、認知が出生の前か後かによって、国籍の取得に差異を生ずることになり、この点からも右解釈は憲法一四条に反する。
また、国籍法上認知の効果をさかのぼらせない解釈は、現行法上も合理性がない。すなわち、
(1) 国籍の浮動性の防止について
準正の場合、重国籍の場合、帰化の場合には、一定の要件のもとに出生後の国籍取得が現行法上認められているのであるから、出生後の認知についてのみ、いつ認知されるか分からず、国籍が不確定になるという浮動性の防止を問題にすることに合理性はない。また国籍が浮動であることによって具体的な弊害は生じない。
(2) 二重国籍の防止について
現行法は父母両系血統主義を採用しており、異国籍の父母から生まれた子は父母双方の国籍を有することが認められているのであるから、二重国籍の防止は認知による国籍の取得を否定する理由とはいえない。また二重国籍防止の趣旨とされる複数の国からの徴兵義務の履行については、日本に徴兵義務はないので問題にはならないし、また外交的保護の問題も、その者が第三国にいる場合には、最も密接な関係のある本国が外交的保護を行使できるという「実効的国籍」の理論により解決されるのであるから、このような複数国により徴兵義務を課せられる不都合さや外交的保護の困難さを理由に、認知による国籍の取得を否定し得ない。
(3) 沿革上の経緯について
前記一1(一)記載のとおり、旧法(五条、六条)は、認知による国籍の伝来取得を認めていたところ、昭和二五年の改正によりこの規定が削除されたが、右改正の趣旨は、夫又は父母の国籍の得失に伴って当然に妻又は子の意思に基づかずその国籍の変更を生じることになっていたことが、憲法二四条の精神に合致しないとの理由によるものである。しかし、そもそも嫡出子や準正子については、子の意思にかかわりなく国籍が変動するのであり、これは血統主義を基本とする以上当然であり、子の国籍の独立は国籍の選択制度で事後的に保障されているのである。そうであれば、認知による国籍取得を認めても、国籍選択の制度によって、十分子の意思は尊重されるのであるから、右改正の趣旨に反することはない。しかも被告は、児童の権利に関する条約を批准するなど、子供をめぐる国際情勢、社会情勢は、右の改正当時と比較して変化しているのであるから、現行法二条一号の解釈も改められるべきである。
(4) 現行法三条について
嫡出子と非嫡出子との間で国籍取得に差異を設けることをもたらす同条項は、社会的身分による差別として許されず、無効である。
三 被告の主張
1 原告の認知の届出は出生後になされたのであるから、原告と父甲山との父子関係は出生後成立したものである。しかも、認知の遡求効は親族法上のものであり、国籍法上は、以下の理由により、認知の遡求効は認められない。したがって原告には、現行法二条一号は適用されない。
(一) 国籍の浮動性について
出生はすべての国の国籍立法において国籍取得の最も普遍的な原因とされているところ、このような生来的国籍は、原則として出生の時点において、できる限り確定的に決定されるべき性質のものである。これは国籍が公法上の権利義務にかかわるばかりではなく、私法上の権利義務についても国籍を基礎として形成されることが多いことに由来する。したがって、出生後の認知により、子が出生の時点にさかのぼって生来的に日本国籍を取得するとなると、子の国籍が父の認知があるまで不確定なものにならざるを得ず、非嫡出子はいつもこうした不安定な地位に置かれ、国家にとっても本人にとっても好ましくない結果を生むことになるので、認知の効果を遡求させることは妥当ではない。
(二) 二重国籍の防止
人は、必ず国籍を持ち、かつ唯一の国籍を持つべきであるという「国籍唯一の原則」は国籍立法上の理想であり、世界各国も重国籍の防止及びその解消のための努力をしているのである。我が国においても、重国籍の防止及び解消のための制度を採り入れているところである。したがって、本件のように、母が外国人であることによって子が外国国籍を取得しているとき、子が出生のときにさかのぼって日本国籍を取得することになると、外国国籍と日本国籍との二重国籍を有するという不都合な事態を生じさせることになる。このような事態を生じさせてまでも認知の遡求効を認める合理性はない。
(三) 立法上の経緯
前記一1(一)記載のとおり、旧法では、日本国民である父による認知に基づく伝来的国籍の取得が認められていたが(国籍取得の時期は認知の時であった。)、子の意思にかかわりなく当然に国籍の変動を生じさせることは、憲法二四条の精神に合致しないと考えられたため、昭和二五年の改正により削除されたものである。この改正の経緯からしても、現行法の下では、子の出生後に日本国民である父が認知した場合、子が日本国籍を取得しないことは明らかである。
(四) 現行法三条の存在
現行法三条との対比からしても、出生後に日本国民から認知された子が、その認知のみによって遡求的に日本国籍を取得することはあり得ない。
2 右のように解すると、現行法は、嫡出子の場合と非嫡出子の場合とで、その国籍の取得に差異をもうけていることになるが、これは合理的な理由を有するものである。すなわち、現行法は、同じく血統上日本国民の子であっても、すべてに日本国籍を付与することなく、出生時点における法律上の親子関係の有無により、国籍取得の有無を決しようとしている。これは現行法が、血統という単なる自然的・生理的要素を絶対視せず、親子関係を通じて我が国と密接な結合が生じる場合に、国籍を付与するとの基本的政策に立脚しているからである。ここでいう親子関係を通じて我が国との密接な結合が生じるというのは、子が日本国民の家族に包含されることによって日本社会の構成員になることを意味する。したがって、国籍の付与に当たってこのような事情を考慮することには合理性があるというべきである。このような観点からすると、日本国民の嫡出子の場合には、当該日本国民が父であるか母であるかを問わず日本国籍を付与するのが適当ということになるが、非嫡出子の場合は、婚姻家族に属していない子であり、嫡出子と同様の親子の実質的結合関係が生じるとはいい難い。そして、非嫡出子の親子関係は、通常母子関係に比して実質上の結合関係が極めて希薄である。こうしたことから、日本国民の父の非嫡出子の場合、原則として出生による日本国籍の取得を認めないこととしたのである。
また、非嫡出子間において、父が出生前に認知するか出生後に認知するかで現行法上国籍の取得に差異が生じるが、出生前に父から胎児認知されている場合には、通常出生後に認知される場合とは実質的な父子関係の結合の度合いが異なることを考慮すると、このような差異は合理的な理由に基づくものであるというべきである。
なおB規約二四条や児童の権利に関する条約二条及び七条は、全世界から無国籍者を一掃することを目指したものであり、非嫡出子に対してまで国籍取得の権利を保障したものではない。
四 争点
1 現行法二条一号の解釈
2 憲法一四条、B規約二四条、児童に関する条約二条及び七条適合性
第三 当裁判所の判断
一 現行法二条一号の解釈について
現行法二条一号に「出生の時に父又は母が日本国民であるとき」と規定されている「父又は母」とは、法律上の「父又は母」をいうものと解されること、そして、日本人父と外国人母から生まれた子が非嫡出子である場合には、法律上の父子関係の成立のためには認知が必要であることは、第二の一1(二)に記載したとおりである。
原告は、認知の効果については、民法上出生の時にさかのぼってその効力を生じると規定されているところであるから(民法七八四条)、国籍法上も同様に解すべきであり、本件のように子の出生後に父による認知がなされた場合も「出生の時に父が日本国民であるとき」に該当すると主張する。
しかしながら、前記第二の一1(一)でみたように、旧法には、認知による国籍取得の規定が置かれていたが、右規定は昭和二五年の新法制定により全面的に削除されたうえ、昭和五九年改正による現行法では、準正による国籍の取得についての規定(三条)が新設されたのである。右の準正は、父母の婚姻と父による認知とを要件とするものであるから、原告の主張するような解釈論を採ると、右の三条の規定は無意味な規定ということにならざるを得ない。したがって、右のような国籍法改正の経緯及び現行法三条の趣旨からすると、現行法は、認知そのものを日本国籍取得事由とはしていないこと、すなわち、国籍法上は、認知の効果を遡求させないとの立場を採っていることは明らかである。
よって、原告の主張は採用することができない。
二 憲法一四条等との適合性について
現行法二条一号を右のように解すると、日本人父と外国人母との間の非嫡出子については、認知により法律上の父子関係が生じているにもかかわらず、日本国籍を取得できないということになり、嫡出子との間で取扱いに区別が生ずるうえ、非嫡出子同士の間でも、胎児認知の場合と出生後認知の場合とで区別が生ずることになることは、原告が指摘するとおりである。
原告は、右の区別をもって憲法一四条等に反する不当な差別であると主張するが、当裁判所は、原告の右主張を採用することはできない。その理由は、次のとおりである。
1 日本国民の要件すなわち国籍をどのように定めるかについては、憲法自身が法律に委ねているところであって(憲法一〇条)、これをどのように定めるかは、すぐれて高度な立法事項であり、立法府の裁量の余地が大きいものというべきである。しかしながら、右の法律(国籍法)を定めるに当たっては、憲法の他の諸規定と抵触しないように定めるべきであることも当然であって、これを憲法一四条の平等原則との関係でいえば、国籍法の中の規定が右の平等原則に照らして不合理な差別であると認められる場合には、右の裁量の範囲を逸脱したものとして、その効力は否定されなければならない。
2 国籍の得喪に関する立法は、各国家の国内管轄事項であるとされており、どのような個人に国籍を認めるかについては、その国家の沿革、伝統、政治経済体制、国際的環境等の要因に基づいて決せられるところであり、出生による国籍の付与に関する血統主義又は生地主義のいずれを採用するかもその国の選択に委ねられるが、いずれの主義を採るにしても、国籍の積極的抵触(重国籍)及び消極的抵触(無国籍)の発生を可能な限り避けることが理想とされている。
また、出生は、すべての国の国籍立法において、国籍取得の最も普遍的な原因とされているところ、このような生来的国籍は、被告が指摘するとおり、出生の時点においてできるだけ確定的に決定されるべき性質のものであること(浮動性の防止)は、否定できないところである。
3 我が国の国籍法の沿革は、前記第二の一1(一)でみたとおりであるが、昭和五九年に改正された現行法の概要は次のとおりである。
同年の改正の主眼点は、新法が旧法以来採っていた父系血統主義を改めて父母両系血統主義を採用したことである。その改正理由としては、① 新法制定以後、日本の国際化が大幅に進み国際的な人的交流が活発化したこと、② 従来父系血統主義を採っていた西欧諸国等が次々と父母両系血統主義に改めたこと、③ 昭和五四年に国連総会で採択された「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」の批准に備えること等が挙げられる。なお、父系血統主義の立法目的の一つに重国籍の防止ということが挙げられるが、多数の国において父母両系血統主義が採用されるにつれて、右の目的を達することが困難になったことも指摘されている。
右のように、出生による国籍の取得(生来的取得)について、父母両系血統主義を採用したこと(二条一号)に伴い、準正による国籍取得制度の新設(三条)、帰化条件の整備(五条、七条、八条)、国籍留保制度の整備(一二条)、国籍選択制度の新設(一一条、一四条、一五条、一六条)等の改正がなされた。
4 前記第二の一1及び第三の一でみたように、現行法二条一号は、日本人父と外国人母との間の非嫡出子については、胎児認知の場合を除き出生後の認知による日本国籍の取得を認めていないのであるが、このような者のうち、三条の準正による取得の要件を満たす者は、届出により事後的(伝来的)に日本国籍を取得することができるものとされているし、また、右の要件を満たさないものであっても、出生後の認知により日本人父との間に法律上の親子関係が生じた者は、簡易帰化による日本国籍の取得の道が開かれている(八条)。
前記2、3で判示したところを踏まえて、これらの規定を総合的に考察すると、現行法は、血統という単なる自然的・生理的要素を絶対視することなく、親子関係を通じて我が国との密接な社会的結合が生ずる場合に国籍を付与するとの基本的立場に立っているものということができる。すなわち、嫡出子については、父又は母のいずれが日本人であるかを問わず、親子の実質的結合関係が生ずるから、日本国籍を付与するについて問題はない。しかしながら、非嫡出子については、親子の実質的結合関係は一律ではなく、民法上非嫡出子は、母の氏を称し(民法七九〇条二項)、母の親権に服する(民法八一九条四項)ものとされていることからも明らかなとおり、父子関係は、母子関係に比較して実質的な結合関係が希薄であるのが通常である。現行法は、右の親子関係の差異に着目し、親子関係が希薄な場合の国籍取得について、段階的に一定の制約を設けたものと解することができる。
なお、右の日本人父と外国人母との間の非嫡出子については、多くの場合、母から外国国籍を承継することができるということも考慮されているように思われる(本件においても、原告は、母と同じフィリピン国籍を取得している。)。
5 以上で検討したところを綜合すると、右の現行法の基本的立場は、現今の国籍立法政策上合理性を欠くものとはいえず、このことに準正による国籍取得や簡易帰化等の補完的な制度を具備していることも合わせ考慮すると、現行法が一部の非嫡出子について原告が指摘するような取扱いの区別をもうけたことには、合理的な根拠があるというべきであって、立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えたものということはできない。したがって、右の区別は、憲法一四条の平等原則に照らして不合理な差別ということはできない。
6 B規約二四条、児童の権利に関する条約二条及び七条等の条約は、いずれも無国籍児童の一掃を目的としたものであり、しかも、憲法一四条を越えた利益を保護するものということはできない。
(裁判長裁判官鳥越健治 裁判官遠山廣直 裁判官山本正道)